第5回秋のア-リ-ミュ-ジック・コンサ-トにようこそ。
いつも当協会のNPO活動にご理解とご協力、そしてご支援を賜り、誠にありがとうございます。
当協会会員のプロ、アマ演奏家が一堂に会するNPOらしいコンサ-トも回を重ねる毎に深みを増して参りました。出演者の演奏をじっくり聴いて頂こうと前回より6組に絞って演奏頂きましたが、今回も6組に絞り、ルネサンスからバロックまで幅広いレパ-トリーを演奏して頂きます。どうぞ、昼下がりのひと時、ごゆるりとご鑑賞頂きたいと存じます。
次回のア-リ-ミュ-ジック・コンサ-トは来年3月16日(日)東京オペラシティ・近江楽堂にて、午後2時より開催の予定です。まだエントリ-受付中です。
皆様のご参加、ご来場をお待ちしております。
特定非営利活動法人日本ルネサンス音楽普及協会
理事長 増子 昭夫
奥山 裕司(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
西田 都(チェンバロ)
ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ 第2番 BWV1028

Adagio/Allegro/Andante/Allegro …J.S.Bach
J.S.Bachの作曲した3曲のガンバ・ソナタのなかでは、第2番が一番気に入っています。
ご承知のとおり、チェンバロの右手と左手とガンバでトリオになっています。その掛け合いを
楽しんでいただけたらと思います。(奥山)
山田 豊(ルネサンス・フルート)
上島 剛之助(ルネサンス・リュート)
1. 若い娘 Une jeune fillette…作者不詳
2. あなたへの想い Au pres de vous…セルミジ Claudin de Sermisy
3. 愛 死 そして生 L’amour, la mort la vie…ジャヌカン Clement Janequin
4. 流れよ涙 Flow my tears/悲しみの涙 Lachrimae Tristes…ダウランド John Dowland
5. 甘い思い出 Doulce memoire…サンドラン Pierre Sandrin

ルネサンス時代には,歌に,フルート、リュートを加えた形での演奏が好まれ、絵画などにも描かれています。本日は,相性の良い二つの楽器による、ルネサンス後期の代表的なシャンソンなどをお届けします。「若い娘」は修道院に無理やり入れられた女の子の心模様。自作ディビジョン付き。 「あなたへの想い」秘かに恋するこの気持ち,もう鎮めることはできません(後略)。 「愛 死そして生」(朗読します) ダウランドは「流れよ涙」が大ヒットしたことを受けて、さまざまな涙の形を描いた「七つの涙」を器楽用に編曲した。 「甘い思い出」喜びに満ちた甘い思い出。(中略)良いことは終わり,たちまち悪いことが始まる。(山田)
i Madrigalisti(イ・マドリガリスティ=声楽アンサンブル)
岡本 浩美 小柴 裕子 山田 佳子 住田 朋久 立石 章 村井 信吾
1. Che fa oggi il mio sole(私の太陽は今日何をするのだろう)
曲:Luca Marenzio (1553-1599)
2. Missa "Che fa oggi il mio sole"(私の太陽は今日何をするのだろう)より「Sanctus」
曲:Gregorio Allegri(1582-1652)
3. Non sono in queste rive(この岸辺にはない)
曲:Claudio Monteverdi (1567-1643) 詩:Torquato Tasso (1544-1595)
4. Baci soavi e cari(甘く優しいキス)
曲:Claudio Monteverdi (1567-1643) 詩:Battista Guarini (1538-1612)

マレンツィオのマドリガーレ "Che fa oggi il mio sole”(私の太陽は今日何をするのだろう)と、
アレグリによる同名タイトルのパロディミサからSanctusを抜粋して演奏します。
原曲は、愛しの女性を讃えるために自分の歌声で足りるのだろうか、彼女の美しい髪に相応しい花輪のためにスミレの花束を捧げようと歌います。
Non sono in queste rive(この岸辺にはない)は、愛する女性を讃え、心地よい彼女の歌声を遮るのは自分たちのキスだけであると、後半の軽快なリズムによって表現しています
Baci soavi e cari(甘く優しいキス)は、彼女のキスは自分の人生を豊かにして心は奪われ、バラのような唇によって甘き死を所望したいと陶酔した情感に満ちている、モンテヴェルディらしさに満ちた名曲です。

司会のあまね伶さん
~ 休 憩 ~
<Songe de Valois ソンジュ ドゥ ヴァロア>
樋口 麻理子 (ソプラノ)
佐野 さおり (オルガネット)
渡辺 マリ (ヴィエル)
長谷川 敦子 (ヴィオル)
1. 《Mille regrets》千々の悲しみ…Josquin des Préz(1450/55頃-1521) ジョスカン・デ・プレ
2.《Je suis d'Allemagne》ドイツから来たよ…Anon. 作者不詳
3.《Tristre plaisir》 悲しきよろこび …Gilles Binchois(1400頃-1460) ジル・バンショワ
4.《Par droit》わけあって…Guillaume Dufay(1397頃-1474) ギョーム・デュファイ

14~15世紀フランス、ブルゴーニュのヴァロワ家から始まった宮廷文化は、
パリのフランス王家をしのぐほど盛んでした。当時の騎士道に基づく洗練された愛のお作法に、歌と器楽の演奏で、思いをはせてみたいと思います。
《Mille regrets》 パヴァーヌ 「千々の悲しみ 愛しいあなたとの別離 苦悩はあまりに深く私の命は果ててしまうだろう」
《Je suis d'Allemagne》 1480年頃の3声のシャンソン (本日は器楽による演奏)
「ドイツから来たよ 父も母も兄弟たちみんな いなくなっちゃって 一人ぼっちなんだ」
《Tristre plaisir》 Alain Chartier(1385-1433)の詩によるロンドー
「悲しげな楽しさ つらい喜び 苦悩のあとには もの憂い慰めが残るだけ」
《Par droit》 ロンドー
「嘆いたり 呻いたりしたっていいではないか 私は喜びと楽しみから見放されてしまっているのだから」
吉岡 良治(ヴィウエラ・デ・マーノ)
1.ファンタジア第12番(ラソラミファミ旋律による第4旋法)
2.ビリャンシーコ「告げてくださいあの騎士に」
3.ファンタジア第20番(4声の第6旋法)
4.ファンタジア第6番(ラソファレミ旋律による第4旋法) …以上 ディエゴ・ピサドール

ピサドールは1552年に,スペインのサラマンカで7巻のヴィウエラ曲集を出版しました。父子,兄弟間のゴタゴタで,校正に時間が取れなかったためか,印刷譜面にはミスプリが目立ちます。
作風は学究肌です。ファンタジアは26曲あり,練習曲的な最初の2曲を除いて難曲です。前半12曲は,特定の施律を,リズムを変え,声部を超えて繰り返す手法をとります。中でも第6番は音遊びとして傑作で,第12番は静寂感に包まれています。後半12曲は,これにとらわれずたくさんのテーマをつめこんだため,まとまりを欠く曲もありますが第20番は例外です。
他に約3分の1を占めるジョスカン・デ・プレのミサ曲を中心とする宗教曲編曲,民謡編曲,ヴィウエラ伴奏歌曲があります。宗教曲については,原曲を置き換えただけで,本当に演奏したのかは疑問です。しかし,演奏しないものに大金をはたいて出版するはずもないので,ルネサンス人の演奏スタイルや音感覚,それにヴィウエラの楽器性能は今とはかなり違っていたのかもしれません。本日は編曲された民謡1曲だけ取り上げます。
豊田 結実子(ソプラノ)
上島 剛之助(ルネサンス・リュート)
1.Come again (さあ もう一度 愛が呼んでいる)
2.Come, heavy sleep (来たれ 深い眠り)
3.Me,me, and none but me(誰よりも この私を)
4.Who ever thinks or hopes of love (愛を望む者)
5.I saw my lady weep (僕は見た あの人が泣くのを)
6.Now,o now, I needs must part (今こそは別れねば)
ジョン・ダウランド(1563-1626)John Dowland ルネサンス時代のイギリスに活躍した作曲家、
リュート奏者。泣き・嘆きをモチーフにした曲が多い。今年生誕450年を迎える。

「Come again」は別れた恋人に「もう一度甘い愛を」と呼びかけ、結果的には失恋してしまうものの、
その明るさから様々なスタイルで演奏されている曲。
「Come, heavy sleep」は穏やかで静かな曲調ながら、「おいで、甘い眠り。さもなくば私は死のう」
という眠りから死を願う絶望に溢れた歌詞。
「Me,me, and none but me」は独特の静謐さのある曲で「誰よりも私を休息の家へ送り出してくれ。
死を愛する者こそ幸せに生きられるのだ」と歌う。
「Who ever thinks or hopes of love」は舞曲のリズムで出来ており、リュートの軽快な伴奏と
歌の明るさのある曲。
「I saw my lady weep」は、リュートと歌の透明感から傑作とも言われる。「もう泣くのは十分だ。
嘆きはあなたの美を台無しにしてしまうから」と慰めをもった歌詞。
「Now,o now, I needs must part」は恋人同士の別れを歌ったメランコリックな曲で、
「別れが罪なら、あの人こそが罪を作ったのだ」と歌う。